2020/09/03
思春期、気付けばいつも"一軍"の子と仲良くするようになっていた。周りの子はみんな可愛くてモテた。顔が可愛らしいだけじゃなく、誰とでも自然に明るくやりとりできて、一緒にいて楽しい子が多かった。私はといえば、外見レベルはごく普通、勉強だけは少しできて、何よりとても心が弱かった。周りに振り回されやすいがゆえに不安定で、自意識が強すぎるあまりいつもどこか不自然だった。何が自然で何が不自然かなんてことはわからないけれど、とにかく自然な感じに見える子たちに憧れていた。
中学2年生くらいになると、一軍の友達にはどんどん彼氏ができた。私も彼氏を作りたいなと思ったけど、やはり自信のなさが透けて見えてしまうような私には、ほとんど校内で彼氏ができなかった。だから、他校生や高校生と付き合った。校内でなければ誰かから相手について何か言われる心配もないし、高校生と付き合っているというだけでなんとなくいい感じだ。当時、私はとにかく自分が傷つかないことに必死だった。
中学2年から3年の夏までずっと一緒にいた友達は、フリーのときには毎月違う男の子から告白されるような女の子だった。ある時期その子が付き合っていた彼氏は、いわゆる不良少年だった。一度その友達に連れられて、不良少年たちがたまり場にしている家に行ったことがある。
そこでは、みんなゲームをしたり美味しさもわからないタバコを吸っては「やっぱラッキーストライクが1番うまいわ」などと知ったふうなことを言ってみたりして、ケラケラ笑い合っていた。私には、そこに流れている空気すべてが自然体に思われ、そのなかで自分だけ人工物みたいにその場に佇んでいる虚しさをビシビシと感じた。着いて5分後には、友達に付いてきたことを後悔していた。唯一の頼みの綱だった友達は私を置いて部屋の奥にいる彼氏のもとへそそくさと行ってしまったし、場の空気に合わせて笑ったり相槌を打ってみたりしたけど、ずっと緊張していてずっと楽しくなかった。部屋の中に充満したタバコの煙も最悪だった。私はその場にいる誰もが自分には興味がないことを悟って、延々とテレビ画面で繰り広げられる誰かと誰かのスマブラの乱闘のようすを眺めたり、当時付き合っていた高校生の彼とのメールに集中するよう努めたりした。その日は、彼が近くの公園まで来てくれて会うことになっていたのだ。
30分ほど時間をやり過ごしたところで、急に彼からの連絡が途絶えた。いつもなら3分以内に必ず返事が来るのに、10分経っても20分経っても返ってこない。私は焦った。10人近く集まっている部屋のなかで、やることもなく話す相手もいないのは私だけだった。毎秒ごとに襲ってくる孤独感。私はなぜこの空間にいるんだろう?という、若さゆえにとても計り知れない問いが頭を支配した。彼から返事が来なくなって1時間ほど経ち、彼が公園に着くはずだった時間もすぎた頃、積もりに積もった焦りと悲しみが爆発して、私はついに泣き出してしまった。
周りから見たら、むしろこちらがこの場にいかにも関心のなさそうな、冷めた人間に見えていたかもしれない。ひとり退屈そうにしていた人間が唐突に泣き出したので、近くにいたほとんど初めて会話する男の子がすごく動揺したように「ど、どうした?」と聞いてきた。それによって、周囲何名かの視線が一気に私に集まってしまった。私は、自分が泣いている理由なんてよくわからなかったけれど、とにかく何か言わなくちゃ…と急いで言葉を探し、「彼氏と会う予定の時間がすぎたのに、返事、こない」と振り絞った。声に出してみるとますます虚しさが溢れてきて、涙が止まらなくなった。男の子は「大丈夫?電話してみれば?」といいながらペットボトルのお茶をプラカップに入れて私に差し出し、ティッシュを箱ごと私の目の前に置いてくれた。周りのひとたちは何事もなかったかのようにゲームの画面に集中を戻し、さっきまでのおしゃべりの続きをはじめた。
私は一気に高ぶった感情が落ち着いてくるにつれ、どんどん恥ずかしくてたまらなくなった。もうどう言い訳しても泣いてしまった事実は取り消せない。誰が見ても顔が真っ赤だったろう。ものすごく顔が熱いし大量の汗をかいていた。とりあえず何かしなきゃと男の子の助言通り彼に電話をかけてみたが、つながらなかった。落胆して電話を切ると、男の子は「女の子ってそんなんで泣いちゃうんだな」と、本当に驚いたような顔で言った。私がすぐに返答できずにいると、「いや、そんなんっていうのはそういう意味じゃなくて…なんつーか…すごいなと思って」と続けた。「…すごい?」と聞き返すと「返事が来なくなって、心配になったんでしょ?」と言われ、私はもっともっと恥ずかしい気持ちになった。私はそんなやさしい人間じゃない。男の子の問いには「うん」とだけ答えた。
ほどなくして彼から電話がかかってきた。彼は息を切らして「ごめん!自転車乗ってた!今公園ついた!」と言った。一刻も早くその場を離れたかったので、彼がちゃんと公園に来てくれていたことに私は心から感謝した。「よかった、今から行くね」と言いながら立ち上がって電話を切り、友達に「彼氏来たから出るね」と声をかけると、彼女は「オッケーまたメールするわー」と言いながら恋人と微笑み合っていた。私に声をかけてくれた男の子が「無事でよかったね、んじゃ」と送り出してくれた。
それ以来、その部屋に行くことも友達の彼氏の仲間たちと言葉を交わすこともなかった。あの時声をかけてくれた男の子が誰だったのかも今はもう思い出せない。あの日から1ヶ月もしないうちに友達は不良少年と別れて違う先輩と付き合いはじめ、私も高校生の彼とはじきに別れてしまった。あの日から半年後には、その友達と私も疎遠になっていた。